相続放棄とは、相続人が被相続人の全ての財産を放棄して相続しない方法ですが、相続放棄を選ぶ理由は人によって様々なようです。「負の遺産が多いから」といった代表的なケースをはじめ、どういった場合に相続放棄を検討した方が良いのか。相続放棄はどのような状況で有効なのか。

今回は相続放棄を選ぶ理由を、具体的な事例を交えてご紹介します。

ケース1「マイナスの相続財産の方が多い」

旅行中の交通事故により亡くなってしまったSさんの両親。後日、銀行から亡くなった父親と母親、それぞれの名義で借金の請求書が送られてきました。Sさんの父親はかつて事業をしており、母親が父親の事業に関する負債の連帯保証人になっていたのです。

負債は5000万円近くにものぼり、両親の財産は数百万円程度しか残されておらず、マイナスの財産のほうが多かった為Sさんをはじめとする相続人全員が相続放棄の手続きを行い借金の返済を免れました。

相続放棄の理由として最も多いのは、このようにマイナスの相続財産の方が多いというケースです。プラスの相続財産があっても、マイナスの相続財産がそれを上回る場合は相続人が自らの財産で返済をしなければなりませんので、そのような場合に相続放棄を検討すべきだと言えます。

ケース2「相続争いで揉めたくない」

Nさんの亡くなった叔父は資産家でした。叔父には多額の預貯金や不動産などの財産があり、遺言はあったのですがその内容をめぐって相続人同士の争いが起こり、Nさんは精神的に大変疲弊する状況におかれました。財産はもういらないので早くこの争いから抜け出したいと思うようになり、Nさんは相続放棄の手続きを行い、依頼した司法書士事務所から他の相続人にその旨の説明がなされ、無事解決に至ったそうです。

このように、相続人同士の関係が悪かったり、相続をめぐってトラブルに発展しそうな場合に相続放棄をするというのもひとつの方法です。

ケース3「取得したい財産がない」

山林
Fさんは母親が亡くなってから、母親が実家近くの山林を所有していたことを知りました。それ以外の財産はあまりなかったことと、Fさんが現在暮らしている場所から実家は大変遠く、その山林を管理することもできない為、Fさんは相続放棄を希望しました。

このように取得したい財産がない場合や、財産を管理できない為に相続放棄をするケースもあります。

ただし、このケースの場合、相続放棄をしたことでFさんに固定資産税の支払い義務はなくなりますが、山林の管理義務を免れることができませんので、Fさんは相続放棄の手続きの他に、家庭裁判所に対して相続財産管理人の選任の申し立てをする必要があります。

ケース4「遺産を分散させたくない」

生前小さな会社を営んでいたBさん。子供は3人おり、会社はそれまで父の元で働いていた長男が跡を継ぐことになりました。次男はサラリーマンで生活は安定しており、長女も結婚し海外で生活しています。次男も長女も会社の存続を願っており、自分たちが財産を相続すると事業用の財産が分散して事業を継続することが困難になるため、相続放棄の手続きをすることになりました。

こういったケースでは通常遺産分割協議を行って存続財産を1人に集中させるのですが、今回は次男が仕事で多忙であることや、長女も海外にいる為に何度も手続きをすることが難しいという理由から相続放棄という選択に至りました。

ケース5「被相続人との交流が全くない」

Tさんはある日税務署から自分宛に自動車税の納税通知書が届き驚きました。なぜならTさんは運転免許証を持っておらず、納税通知書に記載されている名前についても全く心当たりがなかったのです。詳しく確認をしてみたところ、納税通知書に記載されていた名前はTさんの叔母にあたる人のもので、その叔母は既に亡くなっていました。

そしてTさんはその叔母の相続人であったため納税通知書が届いたというわけです。Tさんはその叔母の名前はおろか存在すら知らなかったようで、全く知らない人の相続をすることは腑に落ちないので相続放棄を行いました。

生前全く関わりがなかった人であっても、血縁関係上その人の相続人になるのであれば、プラス・マイナスに関わらず財産を相続することになります。

Tさんの例以外にも、例えば幼い頃に両親が離婚をしており、その後一方の親と一切会っていなかったとしても、原則として戸籍上その親の子であれば相続人としての権利や義務が発生するのです。このように、被相続人との交流もなく疎遠な場合に相続放棄をするケースはあります。

ケース6「生命保険を受け取ることができる」

生命保険の受取
Mさんは夫を病気でなくしました。Mさんの夫には借金が3000万円ありましたが預金も1000万円あり、生命保険金は3000万円がMさんに支払われることになりました。相続放棄をした場合借金はなくなりますが、同時に預金もなくなります。

しかし、生命保険金については受取人の財産となる為相続放棄の対象にはなりません。つまり単純計算すると、相続した場合は、
(預金)1000万円+(生命保険金)3000万円−(借金)3000万円=1000万円
となり、最終的にMさんの手元に残る金額は1000万円となりますが、相続放棄をした場合は生命保険3000万円のみがMさんの手元に残ることになりますので、Mさんは預金と生命保険金を借金の返済にあてるのではなく、相続放棄をして生命保険金3000万円のみを受け取ることにしました。

このように、生命保険金のみを受け取った方が手元に残る財産が大きくなる場合は相続放棄を選択することがあります。

ケース7「被相続人が保証人になっている」

被相続人であるIさんの父は、Iさんの叔父にあたる弟の借金の保証人になっていましたが、今年亡くなりました。叔父の借金は2000万円あり、相続人であるIさんは保証人の義務も引き継がなければなりません。叔父が借金をきちんと返済できれば何も問題はないのですが、叔父は定職についておらず、この先借金の返済が本当にできるのか不安です。

Iさんの父には財産もほとんどなかった為、Iさんは相続放棄をすることに決めました。Iさんの父ように被相続人が保証人になっていた場合は、相続放棄をしてしまった方が安心なケースもあります。

被相続人が保証人になっているかどうかを知りたい場合は、被相続人が「金銭消費貸借書」を持っているかを確認してみると良いでしょう。

ケース8「被相続人が訴えられていた」

Kさんは弟の死後、弟が生前300万円の借金を巡って相手方とトラブルになり、訴訟を起こされていることを知りました。Kさんの両親も既に他界していたため、Kさんは保証人となりました。何も事情を知らない自分が被告の地位を引き継げば、裁判が困難になると判断しました。そこで、Kさんは相続人全員に事情を説明し、相続人全員で相続放棄の申し立てを行いました。

被相続人が訴えられている場合、相続人はその立場までも引き継がなければなりません。相続人が被相続人の意思を継いで被告人として争うつもりがないのであれば、相続放棄をすることは有効でしょう。

ここでご紹介した事例のように、相続放棄はマイナスの財産を相続する必要がなくなったり、遺産相続の争いを回避できるなど、相続人にとって有益な場合があります。

しかし同時にプラスの財産も相続できなくなり、相続放棄の撤回はできませんので、事前によく検討しておく必要があります。

また、原則として相続放棄の期限は3ヶ月以内となっていますので、相続放棄をする可能性がある場合は、早いうちから準備をしておいた方が良いでしょう。