「相続人に対する株式の売渡請求」って何?

「相続人に対する株式の売渡請求」は、「株式会社は、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる。」という会社法第174条に基づいています。

なぜこのような制度があるのでしょうか?分かりやすく解説いたします。

制定の目的

「相続人に対する株式の売渡請求」が制定された目的の一つは、株主に相続が発生し、相続人が複数いる場合に株主数が増え株式が離散することを防ぐことです。

そしてもう一つの目的は、会社の状態や経営について詳しい人に株式を集中させることで、株主総会の決議や会社の経営をよりスムーズに行うということです。

相続人に対する株式の売渡請求の条件

相続人に対する株式の売渡請求をするためには、いくつかの条件があります。

まず、相続があったと知った日から1年以内に請求する必要があります。

次に、株主総会の特別決議が必要です。この時、他の株主は自分の株式も買取してもらうよう請求することはできません。

そして、分配可能利益の範囲内で株式の買取を行う必要があります。分配可能利益は以下の式で求めることができます。

分配可能利益 = その他資本剰余金 + その他利益剰余金

その他資本剰余金とは、資本金が減少した場合に増加する金額です(資本剰余金 − 資本準備金 = その他資本剰余金)。
その他利益剰余金とは、利益が出た場合に増加する金額です(利益剰余金 −利益準備金 = その他利益剰余金)。

自社株の買取となるため、このような財源規制を満たす必要があります。そのため、会社の経済状況によっては、相続人に対する株式の売渡請求を行うのに、ある程度の資金準備が必要になることがあります。

また、売渡請求をする株式は、譲渡制限株式でなくてはなりません。
譲渡制限株式とは、譲渡をするのに会社の承認を必要するという制限が定款にて定められた株式のことです。

株式の売渡請求のメリット

株式の売渡請求を行うメリットは、株式の離散を防ぎ、迅速且つ機動的な会社経営ができるようになることです。

例えば同族会社の株主が亡くなった場合、その株式を発行する会社と関係が薄い方に相続されることがあります。
そういう方は、会社の経営状態や方針をよく理解していないことから、表面的な業績に注目した意見をする傾向があります。そうなっては、迅速な決議・運営の妨げになりかねません。

そこで、会社がそういった相続人から株式を買い取り、会社の経営状態や方針を良く知る株主に所有してもらうことで、長期的な視点で会社経営を行うことができるようになるのです。

売渡請求の手続きをする方法

会議

1. 会社の定款を整備する

「相続人に対する株式の売渡請求」をするためには、まず会社の定款にその旨を定める必要があります。
定款にない場合は、定款を変更するための株主総会決議を行わなければなりません。

2. 特別決議を行う

株主総会において、次の点を特別決議します。

  • 売渡請求する株式数
  • 売渡請求の対象者の氏名もしくは名称

この時、売渡請求の対象者は決議権がありません。

3. 売渡請求の通知を行う

株主総会の決議内容に基づいて、会社から請求対象者に売渡請求の通知を行います。この通知を受け取った請求対象者は、株式の売渡を拒否することができません。
よって、この通知をもって、会社と請求対象者との間に売買契約が成立したと見なされます。

4. 売買価格の決定を行う

会社と請求対象者とで、株式の売買価格を協議により決定します。
協議により売買価格が決定しない場合は、裁判所に対し売渡価格の決定を求めることができます。

裁判所に価格決定の申し立てをするには、売渡請求が行われてから20日以内とされています。この期間を過ぎると売渡請求の効力は失効してしまうので注意が必要です。

売渡請求の注意点は?

株式保有の割合

株式保有の割合

売渡請求をする際には、株式保有の割合に注意する必要があります。
例えば、株主数が4人で、そのうちの1人が80%、残り3人で20%の株式を所有していたとします。

もし80%の株式を所有する人に相続が発生した場合、相続人は売渡請求の対象者であるため、株主総会における決議権がありません。20%の株式を所有する3人の株主のみで決議することになるので、結果的に会社は80%の株式を手放すことになります。

他の株主による乗っ取り

会社後継者以外の株主が、株式の相続に合わせ売渡請求を行い、会社の乗っ取りを画策する場合があります。
対策としては、権利や義務を一括して相続する「包括継承」ではなく、個別に相続する「特定継承」を使って、株式を相続させることです。

相続人との合意による自己株式取得とは?

相続人に対する株式の売渡請求以外にも、一般継承取得者と合意に基づく自己株式取得により相続人から株式を買い取ることができます。

売渡請求との違い

売渡請求と自己株式取得の違いは、株式のやり取りに関して、会社と相続人双方の合意が必要であるということです。
また合意に基づく自己株式取得には、定款の整備が必要ありません。

手続きの方法

まず株主総会の特別決議を行います。この特別決議では以下の点を決定します。

  • 取得する株式数
  • 株式取得に当たり引き換える金銭などの内容
  • 取得することができる期間(1年未満)
  • 以上の内容を特定の株主(相続人)に対して通知すること

ちなみに、この株主総会において、自己株式取得の請求対象となる相続人は議決権がありません。
そして、株主総会において決議された内容を元に、取締役会により具体的な取得条件を決定します。

  • 取得する株式数
  • 1株取得するために交付する金額とその算出方法
  • 株式を取得するための総額
  • 株式を譲渡する申し込みの期日

それから相続人に会社から募集通知をします。その後、相続人が会社に譲渡の申し込みを行います。
最後に会社が取得した株式の代金を支払い、相続人から株式譲渡がなされます。

相続人に対する株式の売渡請求は単純ではありませんが、会社のこれからの経営や財政状況に大きく関わる重要な手続きです。事前によく準備をし、慎重に進めましょう。