様々な心情的理由などから、法律事務所などに、愛人に全財産を遺したいと相談する方もいるようです。

愛人という言葉には色々な解釈があるかと思いますが、ここで言う愛人は、被相続人に配偶者がいる場合に愛人関係にある相手とし、配偶者のいない場合の内縁の妻などは含まないものとします。

被相続人の心情としては、自分の一番愛した人に全てを遺したい、と考えること自体は想像できますが、それは法律上ほぼ実現不可能な願いです。

では、なぜ愛人に全財産を遺すことはできないのでしょうか?

愛人に遺贈するという遺言は無効になることもある!

そもそも愛人は相続人ではありませんから、遺言で財産を遺す場合、「相続」ではなく「遺贈」となります。

法的に認められた配偶者が存在する場合、愛人に全財産を遺贈するという遺言は公序良俗に反するとみなされ、無効となる可能性は高いでしょう。

これは民法第90条に定められている「公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は認められない」という考え方によります。

愛人への遺贈が全て無効になるわけではない

愛人への遺贈は、その全てを無効とするのではなく、以下のような具体的な状況から判断されます。

  • 愛人の存在が夫婦関係を破綻させる原因となったか
  • 愛人へ相続財産を遺すことが、愛人関係を継続させる手段であったか
  • 遺言の内容が、法定相続人らの生活を脅かす内容か

被相続人が愛人と別れたくないが為に、「自分の死後は全ての遺産を渡すから、愛人関係を継続して欲しい」と遺贈する約束をして関係を継続させた場合は、遺言自体が無効になる可能性が高いということですね。

また、遺言の内容が「全財産を愛人に遺贈する」といった極端なものであるなど、被相続人の死後に配偶者や子の生活が成り立たなくなる場合も同じです。

そして当然、愛人の存在が原因で夫婦が別居などに至った場合も公序良俗に反するでしょうから、遺言が無効になる可能性が高くなります。

過去の判例を見てみても、
「死亡するまで愛人関係を継続することを条件とした遺贈を公序良俗違反として無効としたケース(大審院昭和18年3月19日判例)」などがあります。

愛人への遺贈が認められた判例も

認められた判定
逆に、愛人との関係が配偶者との関係を破綻させる原因になっておらず、遺言の内容が法定相続人らの生活の基盤を揺るがす内容ではなく、さらに愛人との関係の継続が目的ではない場合には、愛人に遺贈をすることが可能なケースもあります。

過去の判例では
「配偶者との別居後3年経ってから愛人と同棲をはじめ、同棲10年後に愛人に全財産を遺贈するとした遺言を作成し、認められたケース(仙台高裁平成4年9月11日)」があります。

この事例では、遺言作成前に配偶者に十分な金額の生前贈与をしていることや、遺言で愛人に遺すとされた全財産の大部分が、配偶者との別居後に購入し、愛人と共に居住していた土地建物だったことから、遺言は無効とされませんでした。

配偶者への十分な配慮があり、遺言を作成した目的が自分の死後の愛人の生活が心配だったためで、愛人との関係の継続が目的ではないと判断されたということでしょう。

ここでの注意点は、配偶者との別居期間が長ければ良いというわけではないことです。

例えば、離婚による慰謝料や財産分与を避けるために、配偶者との離婚手続きをしないまま愛人と同棲をしていた場合などはどうでしょう?

同じように10年以上配偶者と別居していた例でも、愛人へ財産を遺すという遺言が無効となった判例があります。

愛人に遺贈する内容の遺言書を作成する時には配偶者への配慮が必要

このように、裁判では配偶者など法定相続人の立場や経済状況、愛人に遺贈したい理由などが総合的に判断されます。

ですから、法的に遺言を有効と判断してもらうためには、愛人に財産を遺したいという被相続人自身の心情だけでなく、配偶者などの法定相続人の気持ちや生活状況を思いやり、その上で愛人に財産を遺すことが可能か、検討する必要があります。

こうして考えてみると、愛人に全財産を遺せるのは、器の大きな人だけと言えそうですね。

また、相続手続きの段階になってはじめて愛人の存在が明らかになった場合、愛人が配偶者から慰謝料を請求される可能性もあります。

財産を遺してあげようとしたのに、その遺言が無効になってさらに慰謝料も請求されては大変です。

とは言え、こういったことは配偶者や他の法定相続人の立場になって考えれば当然のことです。

相続手続きの段階になって見ず知らずの他人が遺言書を手に現れたら、遺産なんて一円も渡したくない!慰謝料を請求したい!という気持ちにもなります。

ですから、配偶者らには最大限の配慮が必要なのです。

愛人に全財産を遺すという遺言が有効でも実際は半分しか遺せない

全ての要件を満たし、愛人に全財産を遺すという遺言が認められたとしても、配偶者らには遺留分を請求する権利があります。

配偶者がいることが前提ですので、法定相続人の遺留分は遺産全体の1/2です。

配偶者のみでも配偶者と子、配偶者と父母が相続人となる場合でも遺留分の合計が1/2であることに変わりはありません。

つまり、法定相続人から遺留分減殺請求されると、愛人に全財産を遺贈するという遺言を作成しても実際には半分しか遺せないということになります。

遺留分減殺請求とは配偶者、子、父母(子がいない場合)に民法で保証された権利のことを言い、被相続人がどんな遺言を残したとしても、家族が急に生活に困ったりしないようにと配慮された法律です。

もちろん、なんらかの理由で法定相続人が遺留分減殺請求しなければ愛人が全財産を受け取ることも不可能ではありませんが、実際にはほとんどないことと言えるでしょう。

愛人を生命保険の受取人にする場合は注意が必要

生命保険の契約
愛人への遺贈が不可能な場合、愛人を生命保険の受取人にしようとする人もいます。

これは、生命保険金が相続財産ではなく遺産分割の対象とならないからですが、この方法で全財産に近い金額を愛人に遺すことは難しいでしょう。

生命保険の受取人を愛人にすることは難しい

元々契約していた保険の受取人を変更するのは難しく、保険会社が約款で禁止している場合もあります。

公序良俗に反するという理由で、遺言と同じく受取人変更が後々無効になることもあり得ます。

新たに生命保険契約する場合も、受取人を家族(2〜3等親)以外に設定できる保険会社は少ないでしょう。

生命保険の受取人の設定は、保険金詐欺や保険金殺人などを防ぐために厳しくなっているのです。

愛人に生命保険金が渡ると他の相続人の相続税が増える!

仮に、色々な条件をクリアして愛人が生命保険金を受け取ったとしましょう。

愛人は相続人ではないので、相続税はかかりませんが、生命保険金は税法上「みなし相続財産」として課税対象となります。

その税金を誰が払うのかと言うと、配偶者などの法定相続人なのです。

万が一、愛人に保険金が支払われたことを知らずに相続税の申告手続きを終えてしまった場合には、過少申告加算税や延滞税までかかってしまいます。

愛人の存在がわかっただけでも、愛人に保険金が渡っただけでも辛いのに、税金まで徴収されては配偶者側も慰謝料請求などの法的手段に出ることも考えられ、誰も得をしない結果になってしまいます。

全財産の遺贈は難しいが遺贈すること自体は不可能ではない

愛人に全財産を遺すのはほぼ不可能だということを念頭に、全財産を遺贈するのではなく、遺留分をおかさない範囲で特定の財産を遺言で名指しして遺すなどが妥当な方法でしょう。

しかしその場合にも、配偶者など他の法定相続人への配慮をしっかりと行わなければ、遺産を遺したいほど大切な愛人が逆に困ることになってしまうため、十分な注意が必要です。